こんにちは。
綾部です。
最近、「AIが新しい素材を発見した」とか、「量子コンピューターがついに本領を発揮した」といった見出しを目にすることが増えてきました。
物理を学んでいたこともあって、私は昔から量子という言葉にロマンを感じていましたが、なかなか「それが実際にどう使えるのか」はわかりづらい印象がありました。
でも、ここにきて実機での検証や、AIによる材料設計など、理論から現実にぐっと近づく話題が増えています。
今回はそんな量子コンピューターに関する最新の2つの動きをご紹介します。
量子コンピューターの「真価」、ついに実機で実証か?

アメリカ・南カリフォルニア大学の研究チームが、ついに量子コンピューターの「理論上の強さ」を現実世界で示すことに成功したようです。
参照:量子コンピューターの真価を、実機で証明することに初めて成功。理論から現実への一歩となるか(2025年7月18日時点)
使われたのは、IBMの127量子ビットプロセッサー「Eagle」。対象としたのは、古典コンピューターでは解くのが非常に困難な「サイモン問題」と呼ばれる数学的な課題です。
この問題は、特定の規則を持つブラックボックス的な関数(オラクル)を通じて、隠されたビット列を突き止めるというもの。量子コンピューターの特徴である「重ね合わせ」の性質を利用すると、古典的な方法では膨大な試行が必要なこの問題にも、少ない回数で正解にたどり着けるとのことでした。
そして今回、量子プロセッサーによって実際にそれを実証する計算が成功。「指数関数的なスピードアップ」が達成されたことが、実験結果からも確認されたそうです。
この「サイモン問題」は、量子アルゴリズムの祖先的な位置づけにある問題で、暗号解読や複雑な数理解析にも応用できる可能性があるとのこと。しかもこの実験では、ダイナミカルデカップリングという技術で量子状態の持続性を向上させたり、測定誤差を統計的に補正したりと、現実の環境に耐える工夫もなされていました。
もちろん、これですぐに社会で使えるというわけではありません。でも、量子計算が「理論どおりに動く」ことを初めて実機で証明できた、という意味では、大きな一歩といえるのではないでしょうか。
AIが発見を支援する時代へ─量子材料の候補が一気に拡大

MITの研究チームは、量子コンピューターに必要とされる“特性のある素材”を効率的に設計するために、新たな生成AI技術「SCIGEN」を開発したとのことです。
参照:量子コンピューター材料開発が加速、MIT研究チームがAI制約技術「SCIGEN」で breakthrough達成(2025年9月23日時点)
ポイントは、「幾何学的制約」をAIに与えて設計させるというアプローチ。従来のAIは“安定しやすい材料”は大量に生み出せても、量子スピン液体やフラットバンドといった特殊な性質をもつ材料にはあまり向いていませんでした。
ですがSCIGENでは、例えば「カゴメ格子」や「アルキメデス格子」などの原子配置を前提とすることで、量子特性を発現しやすい材料を狙って生成できるとのこと。
実際に1000万件以上の候補から、数万に絞り込んだ上で、2種類の新しい化合物「TiPdBi」と「TiPbSb」の合成に成功したそうです。しかも、そのうち41%が磁性を持っていたというから驚きです。
材料の分野では、1つの有用な新素材を見つけるまでに10年単位の年月がかかることも珍しくない中、AIによって発見スピードが劇的に上がる可能性が見えてきました。
まだこの新材料がすぐに量子コンピューターに応用されるわけではないかもしれませんが、少なくとも「量子材料のボトルネック」に挑む流れが始まったのは確かです。
量子コンピューターというと、どうしても「いつ実用化されるのか?」という疑問がつきまといますが、今回紹介した2つの事例は、理論と現実のあいだの距離が少しずつ縮まってきていることを感じさせてくれます。
実機での演算成功は、「量子は本当に速いのか?」という問いへの答えを示してくれました。そして、AIによる材料設計の進展は、「その量子をどう支えるのか?」という技術的な壁を乗り越える助けになるかもしれません。
日常ではまだ馴染みのない分野かもしれませんが、これらの進展が重なった先に、私たちの暮らしの中で量子技術を体感できる瞬間が来るのかもしれませんね。